第十四話

ヒンヤリとした布団の誘惑に負け落ちそうになる瞼に力を入れる。夏休みの早朝、本当ならタオルケットに包まれ好きなだけ惰眠を貪っていい時間帯だが、自分には朝食を作るという大事な使命がある為それは叶わない。誰の朝食かっていうと当然俺のではなく、夏休みなのに朝から出勤と大変ドンマイな先生のものだ。
 
「…よっ」
 
フライパンに乗った食パンをひっくり返す。久しぶりに作ったフレンチトーストは黄金色、とはいかず少し焦げた。
 
…まいっか。
 
焦げてない方を表側にして皿に乗せる。うん、なかなか良い出来栄えだ。
上にかけるメープルか何かねーかな…、ねーな。 冷蔵庫の棚を覗くがそんなシャレたもんは当たり前だが無い。

仕方なく冷蔵庫を閉めると、洗面台から寝巻き姿の直江が出てきた。

「おはようございます」
「はよ」

歯磨いたかという問いに頷くのを確認して、珈琲と朝食をテーブルに持っていく。

「美味しそう」

いただきますと嬉しそうに言う直江にこっちも嬉しくなる。早起きして準備した甲斐があったってもんだ。

「ん。早く食べて仕事行けよ…ふぁ」

洩れるあくびを噛み殺す。
自分の珈琲でも淹れるか。そんでとっとと二度寝しよ。
キッチンに戻ろうとしたが、揺れている寝癖が目について立ち止まった。

「ここ跳ねてるし」

跳ねる茶色い髪に手を差し込み軽く梳く。

「…」
「?」

物言いたげに見上げてくる直江を見つめ返す。
なんか変なことしたか。
はぁ…と息を吐いたそいつは珈琲に口をつけると静かに置いた。

「俺はたまに、どっちが年上か分かんなくなりますよ」
「……あー…。うんなんか、ごめん」

若干落ち込んだ体の直江に、確かに今のは無かったなと思い直す。いい歳したオッサンからすれば微妙な心境だろう。

「いや、でもいくら年下っつっても俺もう大人だから」

とりあえずフォローもどきをしとくと直江はへぇと相槌を打ち、何故かニヤリと笑い人の悪い顔を見せた。その顔にちょっとドキドキしつつ変な空気を感じて体を離すが既に遅く、

「じゃあ遠慮なくオトナ扱いしてもいいってことですよね」

腰に回された手に容易く引き寄せられる。

「…!なんであんたは直ぐそっちに直結すんだよ、離せっ」
「今日で17ですか、オトナですよね。おめでとうございます」
「…あ…ありがと…。じゃねえよキモい!」
「なっ、キモいって…初めて言われましたよ俺…」

落ち込んだ振りして実に楽しげな顔。こういうの得意じゃないって知ってる癖に…本当悪趣味だ。

そうこうしている内に、デカい体へすっぽりと収まる様に抱き込まれてしまった。結果的に直江の胡座をかいた足の間に尻を押し込む形になる。

「ちょ…っ!」

慌てて腕を離そうと悪戦苦闘するがビクともしない。というかさらにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。

「おい…マジこういうのやめ、」
「何もしませんから」

ベッタリ背中に覆い被さりながら直江が呟くように言う。

…いやこの状況がまず何もして無くないだろ。

そう心の中でぼやくが、本当にそれ以上してくる様子のない直江に、諦めて体の力を抜いた。

「……」
「……」

――何だこれ。
何やってんの俺…いや俺達か。
あぁもうめっちゃ恥ずかしい。

背中を伝う体温とか項に当たる吐息とか微かに擦れ合う髪とか、意識するとどうしようもなく身体が熱くなる。

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